桜が咲くころ 新しいお友達が園に入ってきます。
どきどき、わくわく。
新しい生活と環境に早く馴れてもらえるよう、園でもいろんな取り組みをしています。
|
|
|
|
イエス様のよみがえりを祝うキリスト教最大の祭りです。
|
1905年5月9日にアメリカのフィラデルフィアという場所に住むアンナ・ジャービスの大切なお母さんが亡くなりました。その悲しみの中でアンナは、「お母さんに対しては感謝の気持ちでいっぱいなのに、もうお母さんはもうこの世にいない。お母さんが生きているときにもっとお母さんをたたえて、感謝の気持ちを伝えたかった」と思いました。そして、他の人にもう同じような気持ちになってもらわないためにも生前にお母さんを敬う機会を設けたいと思うようになりました。その活動は徐々に大きくなり1907年頃には、母の日の祭日を設ける運動が全米で繰り広げられました。その後1913年に母の日が、アメリカの議会で満場一致で制定されました。
カーネーションが母の日に選ばれたのは、この花が母性愛の象徴とされているからです。十字架にかけられたキリストを見送った聖母マリアが落とした涙の後に生じた花という言い伝えがあります。また、中央部の赤はキリストの体から散った血の色ともいわれています。古代ギリシャ人が、オリンパス山の神々の主神ゼウスに捧げたとも伝えられるように、この花は昔、花冠を作るのに欠かせなかったところから花冠、花輪を意味するラテン語CORONAにちなんでCARNATIONと名付けられたといいます。また、母の日の提唱者であるアンナ・ジャービスのお母さんがカーネーションが好きだったことも原因の一つです。
園では年齢にあわせた製作をおこなうところもあります。
|
|
|
|
「父の日」の歴史は1910年、妻を亡くし男手一つで自分たち(男5人、女1人の6人兄弟)を育ててくれた父ウィリアム・ジャクソン・スマート氏に感謝したいとジョン・ブルース・ドット夫人が母の日にならって提唱したのが始まりと言われます(ドット婦人が聖職者同盟(牧師協会)に嘆願したのは1909年)。
母の日の起源に遅れること3年でした。
父の日制定については「母の日があって、父の日が無いのは男女同権の立場から不都合である」という考えもあったそうです。
「父の日」の祝日化
1934年にアメリカで父の日委員会が結成され、この年から父の日が定められた。(1916年、第28代大統領ウィルソンによって認可されたとも。)
米国ではそれから38年後、ニクソン大統領の時代に祝日になっています
おとうさん、いつもおしごと おつかれさま。
ちちのひも、年齢にあわせて贈り物の製作をおこなう園があります。
|
1856年、米国マサチューセッツ州の牧師、チャールス・H・レオナルド博士が少年少女を信仰に導くための宗教教育を強調する日として6月の第2日曜日に特別礼拝を行ったのが起源と言われています。
一年中で一番花の豊富なこの季節に、神の恵みのあらわれとして、もっとも鮮明な印象を子ども達に与える美しい花を通して、神を賛美し、神に感謝することを教えるために教会に花を飾ったことから、この日が「花の日」といわれるようになったそうです。
|
|
|
|
みんながたのしみにしているうんどうかい。
おうちの人も参加して はしって、とんで、わらって。
楽しい いちにち です。
|
1492年、コロンブスのアメリカ大陸発見により、多くのイギリス人が、アメリカ新大陸を目指すことになりました。
しかし、新しい土地で食物を育てるのに苦労したイギリス人は新しい土地では食べ物が満足に食べられず伝染病や悪天候も重なり、ほとんど死んでしまいました。
「自分たちの土地に無断で入り込んで来た」と怒っていたインディアンでしたが、余りに悲惨なイギリス人たちに、トウモロコシやカボチャなどの育て方を教えてあげることにしました。
ある実りの秋、イギリス人たちは、インディアンを食事に招きました。その食事は現在でも、感謝祭の恒例の食べ物になっています。
カボチャ、トウモロコシ、サツマイモ、七面鳥など、新大陸(アメリカ大陸)独特の食べ物です。
おいしいたべものを つくってくださる神さまや、すべてのものに、かんしゃの気持ちをたいせつに。
園では11月第4木曜日頃に、秋の収穫をお祝いするかんしゃさいがひらかれます。
|
|
|
|
それぞれの園で、イエス様のお誕生のおいわいをしています。
生誕劇(ページェント)を中心にお祝いします。
|
|
3月はそつえんの時期。
園でのおもいでを 小さなむねに、
お兄ちゃん、お姉ちゃんは小学校へのゆめをふくらませて、園を巣立っていきます。
|
|